遠くの親戚と近くの友人

地震お見舞い申し上げます

亡くなられた方々のご冥福をお祈りします




人生2度目の 大地震にあった


1回目は、阪神大震災

この時は大阪に住んでて、震度5強でした

今回のは、震度6強かな。。

停電になり、信号も止まった びっくりした



家に戻ってみると

中は、適度に散乱してた

ピアノも動いてた!!

阪神の時も思ったけど 家具等は、置く向きによって

被害の大小があるんだなぁ。。と

余震が続く中、半べそかきながら 片付けてた



情報が全然入ってこない状態なので

ラジオを聞く為に車に戻ったり。。


地震、大丈夫?」と、父さんからめるがきた

「無事です」と、返信したいけど なかなか送れない

何回か挑戦して やっと送信できた

それから、2時間程してからだったかな。。

「無事で、何より!」と


余震がすごくて、ちゃちぃ家の中よりか

外の方がいいんぢゃないかなぁ。。とか思ったり



母にも自分の無事を連絡しようと思ったけど

全然繋がらない。。


伯母さんにSMSめるを送る事にした

「大地震にあいました。停電で、電話が使えません。

 無事です!と、母に知らせて下さい。お願いします。」と


やっとの事で、送信できたので ちょっとだけ気持ちが楽になった


いつでも逃げられる様に 雨戸は、閉めずにいた


暗い中、しょぼしょぼの懐中電灯で過ごしてた

暖は、使い捨てカイロで




車のライトが見えた

帰ってきたーーーー!!


LED懐中電灯、明るいね!!

ラジオも聞けるウォークマン すごいね!!

色んな物に感動してた

停電中は、星が ものすごく綺麗だった



セブンイレブンが開いてた

従業員さん達にも、守る家族が居て、家も大変だろうに。。

懐中電灯で照らしながら、電卓で計算

「お店を開けてくれて、ありがとう」

「品物を売ってくれて、ありがとう」

こんな気持ちで買い物をした



11時間後、電気が復活して

TVで、とんでもない津波の映像を見た

改めて、地震の怖さを知った



携帯には、沢山のめるが届いてた

朝、4時過ぎ やっと母と話が出来た

涙がぽろぽろ出てきた

「住める家があって良かったね」



正直、精神的にまいってる

でも。。

・「頑張って!」と、声を掛けてくれた

  阪神の時に家を失くし、仮設に入いった親戚

・「何か、買えなくて困ってるものない?送ってあげるから」と

  言ってくれた親戚 (荷受してくれるのか、わからんけど)

阪神の時に震度7を経験し、

 電気・ガス共に長時間止まった経験を持った友達

・家にあるお米をわけてくれようとした友達


周りにこういう人達が居てくれるから 自分は恵まれてると思う




ねっとでは、

「連絡が途絶えてた人と、やっと繋がった」みたいなのもあれば

心無い言葉も目にしたり。。


本当に感じた事、思った事を 

そのまんま口に出してしまえば 集中攻撃されてしまい

その後の人生さえ大きく変えられてしまう人も・・

本当に、ねっとって難しいですね




余震が、まだまだ 続いてます

どうかみなさん、ご無事で!!